ナンパと哲学

ナンパ師を経て、色々考えながら僕はやりたいことを見つけた。

夢と不安との狭間でいる人へ

不安を生かせ。どうもブリーフです。

 

皆さんは漠然と将来への不安があったりしますか?

 

僕はあります。

 

なぜなら、今普通に正社員として働いていない分やはり社会保険や貯金などの不安があります。

 

フリーターとして生活する者の宿命ですね、そこは。

 

なのでまずその漠然とした考えはどこからくるのかという話。

 

それは老後だったり、もし結婚したりして子供ができたら食わせていけるのか。

病気などしてその時の出費はどうするのかなど。

 

やはりあらゆるケースがありますよね。

 

その不安はやっぱり現実的に考えて起こりうるケースだと思います。

また、歳を取ればとるほどその不安は雪だるましきに増していく。

 

しかし、何か自分にやりたいことがあるならその不安は邪魔な存在になる。

夢があるけど、その不安を前にしたときに本当にこっちの道でいいのか。

まともに働いて結婚して慎ましく暮らす方がいいのではないか、と。

 

 

しかし、考えてみて欲しい。

その道を選ぶに至った経緯、や決意を今一度見直してみる。

すると、やっぱりそこには死生観がある。

 

自分がなぜ生きているのか、なぜ人は死ぬのか。

 

またここにいる意味、使命感。

 

宇宙が生まれて今まで存在して、そこに自分という存在が誕生したこと。

全てが奇跡であること。

 

また人が死ぬときに後悔すること

 

 

 

 

 

それは

 

 

 

 

 

 

「もっとやりたいことをやっておけばよかった」

 

 

 

 

 

です。

 

 

 

自分が年老いて死ぬ時のことを想像したときに

 

人生という与えられた奇跡のステージ。

 

そこでなぜ我慢しながら陰で大人しく踊らなくてはいけない?

 

もっとそのステージを全力で楽しみ、踊って踊って踊り疲れてその喜びに浸り

踊り死ぬくらいの贅沢をしてもいいのではないか。

 

この社会では漠然とした不安があるのは間違いないが、そのステーじと比べたらほんのちっぽけな者だ。

 

結局人は死ぬんだから、守りに入って死ぬより爆発して死んでやる覚悟。

それは諦めでも思考停止でも、快楽主義でもない。

 

一瞬一瞬を楽しみ、刺激を求める。

この世界にありふれた喜び全て享受していこうという強い欲望。

 

それを享受し尽くしてやっと気持ちよくステージから降りられる日がくるのではないか。

 

 

 

 

別に夢がなくっても毎日を刺激的に喜びで溢れさせ流ことができたら生きていることに感謝できると思う。

 

全てに感謝できる。

 

 

その状態を目指すために。

 

 

もっと爆発するべきだ。

 

 

だらだらと過ごすそれも喜びだ。

 

 

やる仕事にも楽しさ見いだせたなら喜びだ。

 

 

もっとそのためにはもっと一瞬一瞬、瞬間を味わおうと思う。

 

 

そして前向きでいること。大丈夫。死んでもまた次のステージがあるから。安心しよう。

 

まずは今いるステージを楽しむこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生は爆発だ!

 

 

 

 

 

以上ブリーフでした( ˊ̱˂˃ˋ̱ )