ナンパと哲学

ナンパ師を経て、色々考えながら僕はやりたいことを見つけた。

ナンパとは?

ナンパという行為

みなさんはナンパをしたことがあるだろうか?

一度はこのナンパという言葉を聞いたことがありますよね。

また、都心に住んでいる女性なら嫌でも声をかけられることがあるかもしれない。

ナンパの基本的な順序は以下だ

 

街中で声を掛ける→連絡先交換

または

街中で声を掛ける→カフェなどの連れ出しオファー→その日のうちにセックス

 

見知らぬ女性とその日のうちに関係を築く

そこには街中の人々の目線など関係なく、二人の物語が始まっている

 

日常の中に溶け込んでいる非日常とでも呼んでおこう。

僕は哲学的思考からナンパという行為について読み解いていこうと思う。

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なぜナンパをするの?

目的は人それぞれ。性欲解消のため、退屈な日常に刺激がほしい、女性という生き物を知りたい、自己啓発など。

僕の場合は女性が苦手でそれを克服したい自己啓発てきな要素からはじまったかもしれない。

今ではそれが性欲解消のためだったりする。

 

オスとしてのアプローチ

人間は基本的には男性が女性に異性としての魅力をアプローチしなければいけない。

学校や、職場、バイト先に異性がいない。または関わる機会がないなど女性との出会いに困ってる場合。

行きつく先は合コンや街コン、マッチングアプリなどの出会い系、街中で声をかけることに行き着くだろう。

異性にアピールする行為は人間という動物である私たちにとって当然のことであるし、生命を繁殖させていく本能とでも言える。

 

ナンパは悪というイメージ

世間一般的にはナンパという言葉を聞くとどこか悪いイメージがある。

サングラスをかけたイケイケな兄ちゃんが車に乗って、

「ヘイ、お姉ちゃんお茶しない?」みたいな感じだったり

街中で声をかけている若者が

「ねえ、たのむよ~先っちょだけでいいからさ~」みたいな感じ

テレビや漫画の影響かもしれないがどこかそんなイメージ。

 

ナンパとは突発的出会いもしくはその演出

法律には見知らぬ女性に声をかけてはいけない。という法律はない。

すごくタイプな女性がいた。勇気を振り絞って

「いきなりすいません、タイプだったんで話かけました」

なんて声かけして始まった恋愛なんて今までたくさんあると思うし。

チャラチャラした声かけだけではなくそういった誠実なナンパもあるし一概には悪とは言えない。

またその誠実系を装って突発的出会いを演出しているに過ぎない。

それで二人の間に何か生まれればそれは立派な出会いになるのである。

決して職場とかサークルなどといったコミュニティの間でしか恋愛をしてはいけないということはない。

目の前に男、女がいれば場所を問わない。

しかし始めて知らない異性に声をかけられるということは怖い行為であるという認識は必要。↓

 

物騒な世の中

女性からするとやはり知らない人から声をかけられると怖いだろうし、僕ももし、女性で知らない男性から声をかけられたらと想像すると面倒だし怖いし気持ち悪いなと思う。

他人というのは無意識レベルで壁を張ってしまう。

どこか得体のしれない宇宙人とでも言えるだろうか。

世間では変質者が悪い事件を起こしたりだとか、ストーカーという恐怖、テロだったり悪いニュースがメディアで発信されている。

日本は比較的平和だと言われているが、悪い人間というのはいつの時代にも生まれてしまうもので仕方がないかもしれない。

思えば子供のころ、知らない人について言ったらだめよなんて親から言われていたなと思う。

そんな「知らない人」というのは「怖い人」というイメージは無意識レベルのうちに刷り込まれている。

 

 

 まとめ

男が女にオスとしてアプローチすることは生き物として本能的行動。

それを街中で声かけたり、インターネットでやっている。

ナンパは女性にとって悪のイメージである。

しかし、

誠実なナンパは突発的出会いにもなる。

そもそも他人に声をかけられることは怖い。

それは無意識レベルで刷り込まれている。